どうすれば速く弾けるかという問題
ここで書いていることの大半は、実際のレッスンで質問されたことが元になっている。今回は「どうすれば速く弾けるようになるか」という問いだ。具体的には「どういう練習をすれば速く弾けるようになる?」と聞かれた。
ここに書くことが唯一の答えではないし、既に持っているテクニックや到達しているレベル、経験済みの曲や個人の身体特性など、様々な要素によって、どういった方向から答えるか変わってくるけれども、独学者にとっても初級者にとっても、ある程度参考になるのではと思って書く。
まず、よく一般に言われているやり方を検証する。最初はゆっくり確実に弾く。例えば最終目標が♩=160であれば、♩=80辺りから始め、1日1とか2ずつ速度を増やしていく方法だ。もしミスが増えたりテンポが乱れるようであれば、ひとつ戻して、完全にしてから次のテンポに進む。これを繰り返すことで、最終的に完璧に速く弾けるという理屈である。
この方法が上手くいく人もいると思う。ただ全員に適応出来るかというと、その点は懐疑的だ。もしこの理屈でテンポを速めることが100%可能だとすると、時間さえかければ誰でも高速テンポで安定して弾けるということになるが、実際には途中で壁がある。それは人により♩=120だったり♩=140だったり色々だと思う。
ゆっくり丁寧に練習していないから速く弾けないのだ、などと指摘されることがあるが、それはあくまでも本当にそういう部分をおざなりにしている場合であって、どれだけ練習に時間をかけ、精密に行っても、速く弾こうとした途端、崩れてしまうことはいくらでもある。つまり、落としたテンポで完全に弾けることと、それを高精度で速く弾けることは別物だと考えるのが自然だと思う。
では、違いは何か。そもそも運動が違う。ゆっくり丁寧に弾く場合、ひとつずつ鍵盤を押す動作である。神経系の動きとしても、一音一音を確認しているはずだ。高速になると、運動はまとまる。脳は幾つもの音をチャンク化し、連続動作として命令を出す。だから1音ずつ弾いているという感覚はなくなる。流れとして処理される。思うに、熟練者ほどこのチャンクが大きく、それゆえ実際の動作も認知負荷も減り、高速でも楽に弾ける。
無理矢理数字で考えると、指が鍵盤に居座る時間を0.01秒ずつ減らすようなイメージだ。ゆっくり弾いている場合、音が鳴る瞬間、そこにまだ指の重心はあるが、高速だとその音が鳴る時点で既に次の動作に移っている。トーンスポットに到達した時点でそれ以上居座らない。
それには、単に指を速く移動させるというだけでなく、このチャンク化がどうしても必要だ。運動としてまとめないと、一音一音に引っ張られてしまって動作が流れない、パッセージとして成立しない。練習しながら苦労なく自然にテンポが上がる人は、無意識にチャンク化しているのだと思われる。
例えば練習過程で、連続する16分音符を4つ、8つと、まとまりで動作管理していく。もし1小節に16個音符があるのなら、それをひとつかふたつの動作にまとめてしまう。これは喋るとき一音一音発音するというより、文節やもっと長いフレーズでまとめて話すのと似たようなものだ。
こんな風に、速く弾けるようになるため専用の練習法があるというより、どういうメカニズムで速く弾けるのかを理解することが、まず重要だと思うのだ。
そしてテクニックはあるのになぜかテンポを上げられない場合、往々にして、指を動かす運動が足りないというよりも、鍵盤をリリースする方の動きに問題がある気がする。指を鍛錬するより、無駄な動きを削ぎ落とすことで自然にテンポが上がる。これは本当に強調したい点だ。
そしてもうひとつ決して無視出来ないのが、楽器による制約である。一部の高性能スペックの電子ピアノ・アップライトピアノを除いて、グランドピアノのような素早い反応は期待出来ない。鍵盤の戻りが遅いため、特に同音連打や速いトリルでは致命的だ。だからある一定以上のテクニックには、楽器の方が追いつかなくなる。
するとどうなるかというと、何とかそのテンポで成り立たせるため、手は補正動作を色々と作り出してしまう。その不必要な動きが、速く弾くための無駄の無さを妨げてしまう。だから普段あまり反応の良くない楽器で弾いているならば、必然的に不要な動作が増えてしまっている可能性がある。調整されたグランドは指の動きを助けてくれ、ほとんど楽器が勝手に鳴らしてくれると錯覚するくらい負担が少ない。
だから余分な運動量を要求される楽器で弾いている場合、別の反応の良いピアノで弾くときは、まず手を鍵盤に預けてみるといいと思う。そして指を下ろす瞬間だけでなく、リリースするとき鍵盤がどう上がるかを感じ取る。鍵盤が上がるタイミングと指を上げるタイミングを同期させると、次の動作へ流れるように進むが、戻ろうとする鍵盤に対して指を押し込み続ければ、力が拮抗し、速くは弾けない。鍵盤を押さえるのと離すのはセットであり、押さえる方だけ上手くやっても全体としてテンポは上がらない。
逆説的な感じがするが、指を頑張って大きく動かすほど、速さからは遠ざかってしまうことがあるのだ。速いテンポで弾くというのは、無駄を削ぎ落として、極限まで省エネで弾くということでもある。